小説を書くようにさらさらと日記を書く

思ったことを書いていきます

退職を告げた日

短期集中で応援に行っていた期間に内定が出たので

応援先から上司に電話で伝えた

 

対面で話したいことがある

都合の良い日は無いか、と

 

どういう内容?と、少し面倒くさそうに発言があった

重要なことですとだけ伝えた

 

進退に関することですか?と聞かれ、そうだと答えた

 

これは年末のことで、年内は上司に会わないことが確定していたので

年明けに対面で伝えるよりも先に電話で話しましょうということになった

 

上司は私の退職に気づいていたみたいだった

 

参考程度に聞いてみたが、

私が応援に行く日程をかたくなに拒んだ日があって

それがもしかして面接に行っているのかなと感づいていたみたいだった

 

もう無理です

限界ですと伝えた

 

なんとか3月に入る前に出てしまいたかったので2月末退職を希望した

 

不思議なことに上司は私を止めなかった

退職希望者は部長との面談をすることになっているが

そのときはきちんと辞めたい気持ちを伝えるようにと言われた

 

実はこの退職を申し出た日の前日に、

内定受諾所にサインしてしまっているから

もう後戻りはできない状態だった

 

サインするときはね、逃げたい気持ちでいっぱいだったから

待ってくださいとか、言えなかった

相談できる状態でもなかったし

 

そして退職を申し出た次の日

一緒に応援に来ていた同僚と夕ご飯を食べてるその場で、

今度は別の上司から飲みに行かないかとショートメールで誘われた

職種は違うけれど同じ営業所所属で私と同じように応援に来ていたから。

 

誘いが来たとき、ああ、私の退職のことを知ったんだなと思った

 

そのとき行った居酒屋は、もう行けないだろう

思い出してしまって辛くなるから

 

私はそのときの飲みの場で、

気づかなかったですか?って聞いてしまった

気づかなかった、と返答があった

職種が違うだけでなく会うことも少ないからしょうがないんだけどさ

 

その反面、そこで話したことはほとんど普段と変わらない仕事の話

これがこうだった、あれがああだった・・・といつも通りの会話

こんな話ができる状態が続いてたらな・・・退職までは考えなかったかもしれない

 

私はこんな風に話がしたかったの

当時、こう思った気がする

でももう遅い

 

こんなに極限まで来ないと、腰を落ちつけて話す機会も設けられないのか

そう思った

 

その上司との飲みが終わり、

ホテルに戻ってきて、同僚に話した

 

もう本当に、悲しかった記憶がある

 

同じ営業所から同じタイミングで応援に来る事になってて

本当に良かったと思った

心強かった

 

ホテルの部屋で一人になるもの

この頃はつらかった

 

 

あの日

あの日

いちばん辛かったあの日

 

我慢できなくて 抑えられなくて

大号泣した

 

現地を出てからも涙が止まらなくて

帰りの電車でも涙が出続けた

 

マスクの世の中だから

もういいやって思ってそのままにしておいた

 

帰宅してからもね、

どうやって寝たのか記憶に無い

 

次の日、起きて目が開かなかった

人間の目ってこんなに腫れるんだなって思った

 

試合後のボクサーかと思った

 

転職することを決めてから

転職活動が始められなかった期間だったから

すごいジレンマだったな

 

 

 

転職を決めた背景

応援の3往復のうち、2往復目の直前に転職先の内定が出た

 

そのときは正直嬉しかった

やっと解放されると思った

 

その一方で、もう後戻りできないんだなと

少し後悔にも似た感情があった

 

自分で望んで動いた転職活動

納得して選択した会社

 

それなのに、今の会社から去ることに対して

寂しさを感じていた

 

あんなに嫌だったのに

あれだけ辛い思いをしたのに

 

とんでもない選択をしてしまったんじゃないかという

気持ちはあった

 

辞めたい気持ちがあること、誰にも相談しなかった

全部ひとりで決めた

 

とにかく逃げたかった

逃げてしまいたかった

 

誰にも文句を言われずにこの場からいなくなる方法って

なんだろうと考えたときに

退職することしか思い浮かばなかった

 

今思えば、休職すればよかったと思えるけど

その当時は休職したら絶対に復帰できないと思っていた

 

気まずくて復帰なんてできない

復帰ができなければ転職になると思うから

休職してしまうと経歴にキズがつくと考えたから

選べなかった

 

何よりも、上司に休職を申し出るときに

泣いて泣いてまともに話ができないだろうと思ってたから

話し出せなかった

 

心療内科の予約を取るにしても

初診の予約を取るのにどれくらい日数かかるんだろう

どうせ予約取れないんでしょと決めつけて

取ろうともしなかった

 

辞める選択をしたことを正当化したかったんだと思う

 

内定が出てから退職の申し出をするまでの間に

内定承諾書にサインした

一切のためらい無しに

 

今思えば、、、

あのとき退職をほのめかせばよかったなと

ここでも後悔

 

誰かに止めてほしかったけど言い出せない

誰にも文句言われずにいなくなりたかったはずなのに

 

内定が出て、嬉しかったのは本当だけど

同じくらい悲しかった

 

 

応援で行ったその場所で

今日行くぞと言われてその日に新幹線移動

次の日の朝、4年半ぶりに出社するその部署には

久しぶりだけれど確実に覚えている風景があった

 

なつかしいなーと思った

 

各管理職に挨拶して、あまり説明も無いまま慣れない業務をこなして、

あっという間に1日が過ぎていった

 

この日、私は彼がどこに座っているのかもわからなかったし

姿を認識することもできなかった

なんとなくあそこらへんかな?とは思ったけど

彼の部署は正直言うと近づきがたいんだよね

周りをシャットアウトしてるみたいで

 

1回目はね、前乗りして1泊して1日働いて帰ってきた

 

そしたら、次の日、ショートメールくれたんだよね

「こっち来てます?」って

 

昨日いたよと答えて

「ですよね!」

「また来ます?」

 

行く日を答えたら

「待ってます!」って。

 

私嬉しかったんだよね

ほんとうに

 

ニヤニヤしちゃったもんね

 

対面したのが1年半以上前だったのに(正確には1年9か月ぶりの対面)

行くことを予告しなかったのに私を認識してくれて

それで私に連絡までしてくれて

 

次の週にまた行ったときは、

昼休みに私が座ってた席に来て挨拶してくれたの

 

わざわざ私の座ってた席まで来て

 

嬉しかった

 

本当に、嬉しかった

 

 

 

 

退職から遡ること1年半

退職から1年半、遡る

 

私の部署じゃないけれど

人数不足により一時的に

他部署の業務応援をしていた時期があった

 

それが退職から1年半前くらいから数えて

ざっくり3回あったかな

 

特にそれの3回目が

応援の部署に直接行っての業務だった

 

今日行くぞ!って言われて

ほんとにその日移動して行った

 

それは、転職活動してた時期と重なっていた

 

私、本音を言うと、

応援でやってるはずの業務が

本業にならないかなって 

こっちの部署に異動できないかなって

 

異動したいって言ったら

異動させてくれるのかよって

 

思ってたんだよな

 

転職活動が思いの外進んでたから

言い出せずだったけど

 

応援の時期があと2ヶ月早かったら

異動したいって言ってたな

言えてたと思う

 

今思えばって話。

当時は、やっぱり言えなかったんだよなぁ

 

私は辞めるんだって思いながらその部署に向かったけど

今この状況になっても…っていう"何を今更"って思ったのと

もう転職活動始める前には戻れない

後戻りできないところまで

来てしまったんだなという事実が

なんというタイミングの悪さよ、、、

と思っていたなぁ

 

3週間で3往復した

宿泊込みで出張扱い

 

1往復して帰ってきたら

彼からこっち来てますかってショートメールが来たの

 

なんでわかるの

私何も言わなかったのに

 

挨拶する暇なかったっていうほうが正確だけど

どこに座ってるのかわからなかったし

 

そうか、辞めるってことは

彼との縁も切れるってことなのか

 

そう思った

 

退職までの道-⑤

時期的には、③④と同時進行していたくらい

 

自宅から2時間半くらいかかる現場に出入りしていた

期間で言うと4か月くらい

  

とにかくつらかった記憶しか無い

 

社内の担当者からは何を相談してもとにかく否定され

私の人間性を否定してくるようになり

助けを求めても一切の協力なし

ただひたすら否定され罵倒される日々

 

現場でもそれはそれはひどい扱いだった

言われた通りにしてもこんなこと言ってないと言われ

私はまるで人権が無かった

 

社外では人間扱いされなかったし

社内ではもう他人に助けを求めようとしなくなっていた

 

どうせ私はいなくなるから

どうせ私は・・・

 

ただひたすら誰からも大事にされないんだと思ってた

 

日曜夜前泊 水曜夜帰宅

木曜夜前泊 土曜夜帰宅

 

を半月繰り返した

あやうく1か月繰り返すはめになりそうだったが

なんとか言いくるめてその場を収めた

 

このときもいつになったら人間らしい生活ができるんだろうと思っていた

 

退職することを心に決めてからは

自分を人間だと思わないようにすることで

なんとか心を保っていた

 

周りの人間には退職しようとしていることがバレていた気がする

本当に、見てておかしいと思われなかったのか不思議

 

私はこの現場に出入りしていた頃、

同時進行で転職エージェントに登録、面談をして

次なる企業への転職活動を始めた

 

 

 

退職までの道-③④

三番目の理由

①と②の時期から少し経った頃、一発出禁を食らった案件があった

言葉は悪いが、胸クソ悪い思いしかしなかったので詳細は省く

あの1件は自分の中では無かったことになっている

このときすでに結構メンタルやられ始めていて(次の記事で触れる)

泣きっ面に蜂だなと思っていた

 

四番目の理由

この件が影響して、別の案件を担当することになった

そこがまた鬼門だった

 

何時間も拘束されるような状況で生理になった

トイレに行って気づいて、その日は手持ちのナプキンが無かった

昼休憩のときにドラッグストアに行くか……それまで辛抱……

と思っていたら、なんと昼休憩が取れなかった

 

このままではまずいと思い

5分だけ抜けますと宣言してコンビニに走った

 

自宅にも買い置きが無かったなと思い出

帰りにドラッグストアに寄らないとな、と考えていた

 

ところがその日、なんと現場を出たのが23時

現場の近くのドラッグストアも自宅近くのそれも既に閉店していた

 

そのときの感情と言ったらなかった

本当に惨めな気分になった

 

なんで私はこんなに吸い取られるの?

人間らしい生活ができないの?(これは次の記事でも出てくる)

 

このとき、決意した

退職しようと